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待つ [Essay]

あしひきの山より出づる月待つと人には言ひて妹待つ我を (詠人不知)

携帯電話が無かった時代。
大学の寮では、呼び出し電話という事がよくあった。
その電話の台数も多くはないので、長くは話せない。

そして寂しさに負けて消滅していく恋もあったさ。

インターハイ出場と国体の選抜に選ばれていた僕は、高校三年の秋まで弓を引いていた。
僕の試合が全て終わったころ、
ガールフレンドは本格的に受験勉強を始めた。

春まで、学校以外で僕達はほとんど会っていない。

僕は、関東大会で準優勝して貰ったメダルを彼女に渡した。
物は何でも良かったのだ。

彼女が勉強に煮詰まった日、一緒に帰って、彼女の家の近くの公園で少し話をした。

クリスマス・イブ、いつもの公園で、プレゼントを交換して、少し話をした。

彼女が志望校に落ちた日、いつもの公園で、少し話をした。

彼女が志望校の二次試験に補欠合格した日、本当にささやかなお祝いをした。

卒業を前に、僕は大学の練習に参加するために、東京で下宿を始めた。

下宿に向かう僕は、何かの用事でお父さんと待ち合わせをしていた彼女と、
一緒に新宿まで向かった。

初めて会った彼女のお父さんは、僕が彼女を支えてくれたと、何度も行ってくれた。
そして、勝栗だからと甘栗をくれた。

大学では、
平日は17時から23時まで練習、土曜日は一日練習、日曜日は試合の毎日だった。
試合に勝ったときだけ、月曜日が休みになる。

彼女は千葉で大学の寮に入った。
寮の電話は取り次ぎだった。
時間も決めれれている。
彼女は、昼間はもちろん授業に出ているから、
僕達が電話を出来るのは、月曜日が休みの場合だけだった。

取次ぎの電話では長話は出来ない。
そもそも、僕も彼女も仕送りで生活していたので、
電話代だけにお金をかけるわけには行かなかった。


夏のオフ。
だが、彼女と会うことは出来なかった。
理由は覚えていない。
どうしても思い出せない。
多分、一週間しかないオフなので、予定が会わなかったのだろう。

僕はまた、練習の毎日に戻った。

ある日彼女から、会いたいと電話があった。
授業を休むから、昼間、僕の練習までの時間でいいから会いたいと。

僕は言った、君は授業を休んだら駄目だと。
いままで僕達が我慢してきた事が無になると。

一度それをしてしまえば、きっと際限が無くなる。
そうなれば、僕も彼女もダメになる。
と、その時の僕は思った。

だが、後から思えば、僕には色々な感情があった様に思う。
今更自分の感情を言うのか、とか。
夏に会えなかった事の仕返しも有ったのかのかもしれない。

リーグ戦に向けて、練習はハードになった。
僕は毎日、道場と下宿の往復で精一杯だった。

連絡の回数も減っていった。

それでも僕は、彼女の事を信じていたと思う。
いや、彼女が思っていてくれると信じる事が、僕の支えだったのだろう。


その年の冬のオフ。
実家に帰ってきたその日に、彼女から別れを告げられた。

そのとき、何と言われたのか、それも、どうしても思い出せない。

クリスマス・イブの夜だった。

それは覚えているのに。


ただ、彼女に渡したメダルを返された事は覚えている。
そのメダルは、今も僕の手元にはなく、実家のどこかにあると思う。
その日以来、僕は、箱を開けてメダルを見た事がない。

彼女のお父さんがくれた甘栗は、冷凍庫の中で、僕の四年間の支えになってくれた。



もちろん肉体関係なんて無かったよ。
こんな話は今の高校生や大学生にとっては子供にしか思えないだろうね。

何でクリスマス・イブだったか覚えているかって?
それは、きっと、彼女にはもう好きな人が居たからさ。

たまたま、僕が実家に帰ってきたのがクリスマス・イブだったのだけど、
それでも、僕と別れるためにこの日を使ってくれたのは、彼女の誠意だろうね。

*****

あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに (大津皇子)

携帯電話が無かった時代。
待ち合わせはスリリングだった。
少しの勘違いで二人は会えない。

何時間も相手を待った事もあるさ。

大学四年の時、年下の彼女ができた。

練習が終わった後、僕は彼女を喫茶店に誘った。

二回目のデートだった。

後輩だった彼女は練習の後の片付けがある。
それに、同期と愚痴を言い合う時間も必要だ。

ゆっくり来ていいよ。

喫茶店の名前だけ告げて、僕は先に道場を出た。
本屋で時間をつぶして、ゆっくり待ち合わせの喫茶店へ。

コーヒー党の僕が、ここでは甘いアイスティーを頼む。

彼女はなかなかやってこなかった。

アイスティーを何杯頼んだだろう。

一時間・・・二時間・・・

不意に店の扉を開けて入って来た彼女は、なんともいえない、安堵の笑顔だった。

まだ居てくれて良かった。

ほっとため息をついた彼女は、近くのよく似た名前の喫茶店で、僕を待っていたのだ。


僕たちの周りには、待つという事がごく普通に存在した。

いつの間にか、僕たちは欲張りになった。

メールはすぐに返して欲しい。
電話はすぐにでて欲しい。

「待つ」ということは「信じる」ということ。

相手が必ずやってくると信じなければ待てない。

相手が自分の事を想っていると信じなければ待てない。

僕たちは、「待つ」という強さを、知っている最後の世代かもしれないね。

*****



Wherever you go

Whatever you do

I will be right here waiting for you

Whatever it takes

Or how my heart breaks

I will be right here waiting for you


Richard Marx / Right Here Waiting



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コメント 3

おつみーこ

>部活の練習をしなければならないBoy Friendと会えなくて寂しい思いをした事はないだろうか。

↑ないよw

>受験勉強をしなければならないGirl Friendと会う事を我慢していた事はないだろうか。

↑ないよw

最近コイバナづいてるけども・・(ΦωΦ)?
しかも、今回は短歌付きー♪


最初のコイバナ・・へぇ~へぇ~と独り言を言いながら呼んでた(≧m≦)
前の日記で、執着していた彼女は、どっちかなー?
別の人かなー?色男っ!

>「待つ」ということは「信じる」ということ。
↑なるほど・・そうかもしれない・・

あみんの「待つわ」も、
♪たとえあなたが振り向いてくれなくて~も~
待ってるみたいだけど・・それも信じて待つって事だよねw

ポリス・・懐かしい(。-∀-)/
by おつみーこ (2011-07-17 22:32) 

おつみーこ

突っ込まれる前に言っておこうっと!

ポリスじゃなくて、リチャードマークスだったね^^;
by おつみーこ (2011-07-17 22:44) 

evergreen

いや、それは話の枕だからさー。
でも、僕らの年代だと普通にあった話でしょ?

最初の方は、おつみーこさんは知っているからなぁ(^^;
手痛い失恋は二番目。

別にコイバナがしたいわけじゃないのだけど、
やっぱり昔を懐かしむ年頃かな(爆
結構記憶があいまいになっているし、
思い出す意味もあるかな。

それと、いろいろなレトリックでエッセイを書いて見たくて、
別にフィクションでもかまわないのだけど、
下手なフィクションはネットのごみでしょ(^^;
だから身を切る事にした(爆

ちょと暫く、こんな事を書いてみるかと思っているけど、
恋の話なんて、もう無いよ(^^;


あみんはちょと怖い気がするけども。

by evergreen (2011-07-17 22:52) 

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